寝顔

終電を逃した夜には、決まって寄る店があった。

駅から歩いて七分ほどの、雑居ビルの三階に入っているネットカフェだ。

深夜二時以降に入店すると「終夜割」という特別なコースが適用されて、朝の九時まで三百八十円で過ごせる。

都内で、この値段は異常に安い。

同業他社なら、少なくともその五倍はする。

けれどネットで検索しても、この店の悪い評判は一つも出てこない。

Googleマップの口コミもそこそこ高評価で、「安くて清潔」「スタッフが親切」と書かれていた。

 

 


 

 

初めて使ったのは、二年前のことだった。

会社の飲み会で終電を逃して、タクシーを拾う金もなく、たまたま見つけて入った。

それ以来、月に何度か、世話になっていた。

いつもリクライニングシートを倒して、数時間だけ眠る。

眠りが浅いので、起きたら首が痛いのが常だった。

けれど、気になっていたことが一つあった。

目が覚めると、毎回、顔の上に、薄手の白いタオルがかけられている。

最初は、寝相で自分で顔にかけてしまったのだろうと思っていた。

でも、ブースに入るとき、タオルは置いていなかった。

誰かが、入れているのだ。

 

 


 

 

ある夜、気になって、店員に聞いてみた。

「寝てるときに、タオルかけてもらってます?」

受付の五十代くらいの男は、こちらをちらりと見て、こう言った。

「寒そうにされている方には、お声がけせずに、かけさせていただいております」

サービスの一環だと言いたいらしかった。

違和感はあったが、悪意のある話ではなかったので、それ以上は聞かなかった。

 

 


 

 

きっかけは、Xで見た書き込みだった。

「〇〇駅近くの終夜割、なんか気持ち悪くない?」

反応している人は少なかったけれど、一つ、リプライがついていた。

「あそこ、寝顔売られてるらしいよ」

意味がわからなかった。

「寝顔」で検索をかけると、ある種のアプリの名前がいくつか出てきた。

知らないアプリだった。

その中の一つをインストールしてみた。

赤ん坊や動物の寝ている動画ではなかった。

大人の男女の、寝ている顔だけを映した動画。

睡眠障害の人が、他人の静かな寝顔を見ることで眠りやすくなる、という触れ込みらしかった。

再生回数は、動画によっては何万回もついていた。

コメントも多かった。

「この人の寝顔、落ち着く」

「ずっと見ていられる」

 

 


 

 

何気なくスクロールしていた。

指が止まった。

画面の中に、自分の顔があった。

リクライニングシートに横たわり、目を閉じている。

どこかで見た壁紙。

いつも使っていた、あの店のブースだった。

再生回数、十三万回。

 

 

コメント欄を開いた。

何百件もあった。

「この人、週一くらいで来るよね」

「今日の寝顔、よく撮れてる」

「肩に毛布かけてあげたい」

 

読みながら、体が冷たくなっていった。

スクロールし続けた。

そして、一番上の、新しいコメントを見た。

 

 

投稿時刻は、十五分前。

 

 

 「今日も来てる。

  隣のブースで寝てる」

コメント

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