地元に、使われていないトンネルがある。
山の中腹を貫く、古い一車線のトンネルだ。
地図には載っているのに、もう何年も前から封鎖されていて、入口には錆びたガードレールが横たえてある。
地元の人間は、誰もそのトンネルの話をしない。
聞いても、「あそこは行くな」と言うだけで、理由を教えてくれない。
それが余計に気になって、高校二年の夏、俺たちは行くことにした。
メンバーは四人だった。
俺と、幼馴染の健太、同じクラスの田中と木村。
夜の十一時に、健太の車で集合した。
トンネルまでは、山道を三十分ほど走る。
車内は最初、笑い声が絶えなかった。
「絶対何もないって」
「つまんなかったら帰ろう」
誰かがそう言って、皆が笑った。
山道に入ってしばらく走ると、笑い声が消えた。
道が細くなって、木が両側から覆いかぶさるようになった。
ヘッドライトの光が届く範囲だけが、白く浮かび上がっていた。
それ以外は、完全な暗闇だった。
トンネルの前に着いたのは、夜中の十二時近かった。
車を降りると、虫の声がやんだ。
入口は、想像より大きかった。
高さが三メートルほどある、石造りのトンネル。
内部は真っ暗で、奥が見えなかった。
錆びたガードレールの脇に、小さな看板が立っていた。
「通行禁止」
それだけが書かれていた。
「行くか」
健太が言った。
誰も返事をしなかった。
それが、行くという意味だった。
四人で、スマホのライトを点けて、トンネルの中に入った。
足音が、反響した。
壁は湿っていて、苔が生えていた。
天井から、ぽつりぽつりと水が落ちていた。
空気が、外より冷たかった。
百メートルほど進んだところで、木村が立ち止まった。
「なあ」
「どうした」
「なんか、臭くない?」
言われてみると、確かに、何かの匂いがした。
甘いような、腐ったような、嗅いだことのない匂いだった。
「動物でも死んでるんじゃないか」
田中が言った。
「早く進もう」
トンネルの中ほどに差し掛かったとき、
前方に、人影が見えた。
全員が、足を止めた。
五十メートルほど先。
暗闇の中に、誰かが立っていた。
ライトの光が届かないくらいの距離だったのに、輪郭だけが、なぜかはっきり見えた。
立っているだけで、動かなかった。
「誰かいる」
木村が、小声で言った。
「地元の人かな」
「こんな時間に?」
俺たちは、しばらく動けなかった。
相手も、動かなかった。
ただ、じっと、こちらを見ているようだった。
健太が、スマホのライトを相手に向けた。
光が届いた瞬間、全員が声を上げた。
人だった。
でも、普通の人ではなかった。
顔が、青かった。
唇も、目の下も、頬も、全部、青白く変色していた。
目が、異様に大きかった。
口が、半開きになっていた。
服は、ぼろぼろで、泥だらけだった。
その人は、俺たちのほうを見ていた。
次の瞬間、走り出した。
こちらに向かって、走ってきた。
「逃げろ」
誰かが叫んだ。
俺たちは、来た道を走って引き返した。
後ろから、足音が聞こえた。
必死で走った。
息が切れても、足が痛くても、止まらなかった。
後ろの足音は、ずっとついてきていた。
トンネルの出口が見えた。
四人で、ガードレールを飛び越えて、車に飛び乗った。
健太がエンジンをかけて、アクセルを踏んだ。
砂利を跳ね飛ばしながら、車が走り出した。
バックミラーを見た。
トンネルの入口に、あの人が立っていた。
こちらを見ていた。
走って追いかけてくる様子はなかった。
ただ、立って、見ていた。
山道を下りながら、誰も口をきかなかった。
翌日、健太から連絡が来た。
「昨日の写真、見たか」
肝試しの最中、田中がスマホで動画を撮っていた。
俺はまだ確認していなかった。
すぐに田中に連絡して、動画を送ってもらった。
再生した。
トンネルの中を歩いている様子が、映っていた。
音が反響して、聞き取りにくかったけれど、俺たちの声も入っていた。
あの人影が見えた瞬間の映像になった。
ライトが相手に向いた。
青白い顔が、映った。
そこで動画は終わっていた。
逃げるときに、録画が止まったらしかった。
俺は、動画をもう一度最初から再生した。
最初の、トンネルに入ったばかりの映像。
まだ、誰も何も気づいていない場面。
俺たちがライトを前に向けて、歩いている。
その映像の中、俺たちの背後に、
ずっと前から、
青い顔の人が、
ついてきていた。

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